今回は自治体財政に詳しい安達智則先生にお話を聞いてみたよ!ではさっそくいきます!そもそも独法って何なんだろう?
- 独立行政法人(独法)は、イギリスのエージェンシー(agency)の日本語訳です。ただ、イギリスのエージェンシーは単なる効率化ではなく、「市民参加による行政改革」という視点を含んでいました。それが日本の独法ではすっかり消え、今回の都立病院独法化(「都立病院新改革実行プラン2018(仮称)素案」)についてのパブリックコメントの期間もわずか19日間。都民の声を聞かずに独法化を進めることは、まったく間違っています。
- ふむふむ、なるほど。
ところで都立病院は都の一般会計から毎年400億円も繰り入れ“赤字続き”。効率化のために独法化しなければ、と言われているけれど。
- 「赤字」「黒字」というのはわかりやすい言い方ですが、自治体財政の分析には、厳密には、事業ごとの「赤字」とか「黒字」はありません。
- えっ、どういうこと?
- 自治体の予算制度では、「どんな事業をし、いくらかかるかを全部計上し、支出に見合ってどういう税源が必要かを考える」からです。個別の事業、たとえば保育園だって消防だって生活保護だって、それだけ切り取ればみんな「赤字」。だから、事業別に赤字か黒字かという考え方を、自治体財政、公共経済は採らず、全体を捉えてバランスを考えるのです。
都立病院への繰り入れは、都民の福祉増進に必要な支出です。それを削れば、公共事業にカネが流れるだけです。
- 経常収支でみると都立病院は黒字、つまり予算内できちんと運営されているわけだけど、都は「自己収支比率も医業収支も赤字だ」と言ってる。これってどういうことなの?
- 医業収支は、医療からの収入(医業収益)を医療にかかった費用(医業費用)で割ったものです。これが100%を割り込むのは診療報酬が足りないということ。精神科や小児で採算割れするのは、国の決めた診療報酬に一因があります。2年に1度の診療報酬改定のとき、国に加算を求めるべきなんです。
一方「自己収支比率」(*)は、国(総務省)も使っていない東京都独自の概念です。他府県と比較できない独自の指標を使うのは財政のルール違反です。そうした操作によって、経常黒字の病院を「赤字だ、赤字だ」と宣伝しているのです。
- 独法化したら地域医療が充実するという説明もあったけど…
- たとえば練馬区が、区内の回復病棟とか慢性化病棟を増やしてほしいと要望しても、都は「地域医療構想」のなかで取り上げなかった。区市町村と都という“縦の連携”が遮断されています。
地域包括ケアシステムでは「医療と介護の連携」とうたわれています。都で管轄する部署は、福祉保健局のなかの医療セクションと介護保険担当、それに病院経営本部ですが、これらの部署の担当が集まる定例的会議はない。“横の連携”も欠けています。
計画に「地域連携」と書いてあっても、実際は「現場お任せ」。都立病院が独法化すると採算重視の上に都の指導権限が弱まるので、地域包括ケアシステムづくりも進まないんじゃないでしょうか。「そんなお金にならないことはできない」ということで。
- う~ん。「独法化すると柔軟な運営ができるので、必要な人材を集めやすくなる」とも言われてるみたいだけど。
- 国立病院では、まず管理職の賃金を下げました。それで退職し、開業された医師の方も知っています。病院の収入は診療報酬がメインで、あとは差額ベッドで取るか、人件費を削るか。順番はともかく、職員の労働条件が全体として引き下げられるのは必至です。
独法の「メリット」は、国や自治体からの補助を毎年確実に減らしていくことです。独法化した国立大学でも研究費が削られ、非正規労働者が急増しました。
公立病院も、「独法化する」という話が出ただけで、医師も看護師も転職を考えるんじゃないでしょうか。そこにつけ込むのが人材派遣業者です。
- 何だかドラマ「ドクターX」の名医紹介所みたいな話だね!
ところで、先生は都立病院を「守る」だけでなく、「より良くする」ための提言もしているよね。
- いま、無保険者、健康保険証を持っていない人が激増しています。きちんとした調査はないのですが、人口が増えている東京都内で国民健康保険の加入者数が減っています。そこから、国保料を払えない人がかなり無保険者になっていると推察されます。誰もが健康保険証を持っていて安心して医療が受けられるという「皆保険制度」が、崩れつつあるのです。
行政は、どういう状態になっても医療を受けられるようにする責任があります。そのためには高い国保料を下げる、無料低額診療(**)にとりくむ、薬代を助成する(***)ことが必要です。
「皆検診」の実現も重要で、そうした都民のいのちと健康を守る医療行政の拠点として、都立病院は直営で守るべきです。
- なるほど~。安達先生、ありがとうございました!
-
- 弁護士 尾林芳匡さんに聞く
- 今回は尾林弁護士にお話を聞いてみたよ!ではさっそく!
公立病院が独法化されるというのは、何がいちばん問題なんだろう?
- 都立病院は、周産期とか小児とか障がい者とか採算がとりにくい医療を、責任をもって担ってきました。そうした分野で縮小や切り捨てが起きますし、差額ベッド代など患者負担も確実に増えます。
- 公立病院の独法化は、他府県ではもう行われているんだよね。
- 大阪では独法化後、診断書料やセカンドオピニオン料など、健康保険制度の枠外の料金が短期間に値上げされています。独法化すると、議会の審議なしに料金が値上げできるので、効率優先で住民負担を増やしたのです。
国立病院も独法化後交付金が大きく削られ、財政難に陥りました。そこで、採算を優先して不採算の診療科は閉鎖され、差額ベッド代など収入増が図られました。医療従事者の負担は増え、国民のための医療サービスは低下しました。東京都内では、独法化した健康長寿医療センター(旧・東京都老人医療センター)では、収益を上げるため差額ベッドが急増しました。
- うーん、困るよね…。でもでも、「お役所仕事は不効率だから独法化、民営化したほうがいい」という議論も聞くけれど?
- 医療は医療法や健康保険制度によって規制されているので、「お役所仕事だから」「民間だから」というような差があるわけではないんです。効率化のために行政医療を切り捨ててはならないと思います。
- 都立病院関係者のなかにも、「都が決めてしまったら仕方ない」という意見もあるみたいだけど、海外では民営化に対し強い反対が起きてるよね。
- もちろんです。医療にしろ水道にしろ交通にしろ、公共サービスが充実したほうが住民は暮らしやすい。民営化というのは営利企業等に委ねるということですから、企業が儲けようとすれば利用料金が上がったり不採算部門が切り捨てられます。それは間違いだ!という議論や運動が、海外ではアンチ・オスティリティ(Anti-Austerity 反緊縮)と呼ばれて広がっています。私は「公共サービスの充実」と呼びたいのですが。
- そうした“綱引き”の中で、いったん民営化された水道がもう一度公営に戻るってことも起きてると。
- そうですね。一時期、水道の運営が一部企業に委ねられるという事態が相次いで、その結果、経済的弱者が公の浄水を使えなくなったり疫病が流行するという事態になりました。世界水フォーラムという国際的運動が始まり、パリとかロンドンでも、水道が再び公営化されています。時代は「一路、公共サービスの縮小」ではありません。とくに水とか医療のようにいのちに直結する分野では、公共がしっかり責任を果たすべきだという考え方が、世界的にみても広がっています。
- 何でも民営って古いんだね!
それでそれで、都立病院独法化を止めるにはどうしたら。
- やはり世論です。「地方独立行政法人」という制度そのものがあまり知られているわけではありませんので、実際に患者負担が増加したり、採算がとりにくい分野が縮小・閉鎖されサービスが低下したといった各地の実態を都民のみなさんに理解していただいて、反対の世論を広げていくことがとても大切だと思います。そうすればきっと、都立病院は守れます。
- 尾林弁護士、ありがとうございました!
- 医師 香山リカさんに聞く
- 今回は医師・香山リカさんにお話を聞いてみました!
- ひとりの医師として都立病院の独立法人化に反対します。私は長く精神科臨床に携わり、現在はより総合的に「こころとからだ」を診る医療を目指して総合診療科でも臨床を行っています。「調子が悪い」と訴える患者さんを心身両面から診ていく中、いつもぶち当たるのが「採算」や「効率化」の壁です。
もちろん、それらを度外視して行う医療が必ずしもよいものとは思えませんが、十分な時間や人手もかけられず、必要な検査や治療もできないというのは、医療に携わる者としては自らの誇りや尊厳を踏みにじられる思いです。そんな中、これまでいわゆる「行政的医療」という扱いで、「採算よりも命を守る」という医療を続けてきてくれた都立病院は、私にとっても心の支えであり頼るべき命綱のようなものでした。
ところがそれさえも、独立法人化しようとする動きが起きています。「採算」と「経営効率化」で何が切り捨てられるのか。
それは、何より医療を必要としている都民の方の健康そして命、それからそこで働く人たちの労働環境の安定です。
「都立病院だから」と安心してかかっていた患者さん、仕事に打ち込んできた医療従事者たちは、今後どこに行けばよいのでしょう。また、公立病院ならではの適切な検査、治療を受けられた人たち、医療費を少しでも抑えたいと願っている低所得の都民たちは、「自分の健康や命は自分で守るべき」といった自己責任論を押しつけられ、泣く泣く医療を受けるのを控えなければならないのでしょうか。
少なくとも東京都は今回の決定をするにあたり、都民や医療従事者意見をきくなど議論を開かれたものにするべきです。いざというときに安心してかかれる公立の医療機関があってこそ、都民は思いっきり仕事や子育てをがんばることができるのです。都立病院の灯が消え、独立法人のキラキラのネオンサインが輝くといった改革は、誰も望んでいません。
都立病院が東京都の直轄の医療機関として運営されることを、強く願っています。
- 香山さん、ありがとうございました!
いま、小池都政のもとで進められようとしている独立行政法人化計画は、採算性を高めるために経費削減を行います。つまり、医師や看護師など人員削減したり、特定の医療の切り捨てにもつながるのです。
旧都立荏原病院の事例
かつて年間1000人ものお産を扱っていた荏原病院は2006 年に公社化しました。「公社になっても産科や救急など行政が担うべき医療は減らない」と住民には説明していましたが、待遇悪化で医師の大量退職、過酷な夜勤、慢性的な看護師不足も重なり、産科病棟が閉鎖されたのです!
そして記憶にも新しい、都立病院が発端の「妊婦搬送不能事件」。脳内出血を起こした妊婦が、7病院に搬送を断られたうえ、出産後に死亡してしまった事件も産科医の大量欠員がそもそもの原因でした。
採算性優先、人員削減のあおりを受けた医師や看護師たちの激務にとどまらず、退院を急かされたり、強いられたりする患者さんが出てくることでしょう。患者さんの状態や要望に臨機応変に対応できないということも。
ノルマのように目標数値を掲げすぎると、医療サービスに影響が出かねません。
やはり独法化のによる効率化には無理があるのではないかと懸念する声も多いようです。
- ではさっそく!宇都宮弁護士は都立病院に助けられたことがあると聞いたんだけど…
- 日頃はあまり病院にかからないんですが、ある日倒れかけ、墨東病院(墨田区)の救急外来で診てもらったことがあります。朝の5時頃受診し、静岡での講演に這うように向かいました。その時は助かりました。
- うわ~~たいへんだったんだね。
ところで宇都宮さんは2012年の都知事選に出馬してたよね。そのとき都立病院独法化は争点だったの?
- 私が出た4年前も、小池さんが当選した2年前も、「都立病院独法化」は争点になっていませんでした。2年前は、青山の「子どもの城」跡地に広尾病院が移転する話が出て、住民が反対していました。
小池知事になって移転が撤回され、今の場所で建て替えることに落ち着きました。
- そうだったんだ。
そういえば、「日経新聞」1月17日付の「都立8病院独法化検討」という記事は一般会計からの年400億円の繰り入れを問題視し、「経営効率を高めて赤字体質を改善」と、「独法化の狙い」を描いていたよ。
- 自治体病院の経営を採算や効率性で測るのは非常に問題です。東京都は昨年度、1421億円も税収が増え、財政は潤沢です。
都は基金という形で3兆4000億円ほど溜め込んでいます。都立病院への繰り入れが維持できない理由はありません。
- フムフム。400億円の繰り入れが叩かれる反面、オリンピックの都負担額は1兆4100億円にものぼるとか…
- パラリンピックを含め1ヵ月のイベントに1.4兆円も使って、都民のいのちや健康への出費を惜しむのはおかしいですね。
オリンピック誘致の時は、半分くらいのはずだったのにどんどん膨らんだ。そういう支出こそ、もっと厳しくチェックすべきでしょう。
- ウムム…「柔軟な経営ができるようになる」と言うけど…
- 大阪府立病院は2006年4月に独法化しました。その結果、セカンドオピニオン料金は30分7400円から45分2万1000円に、分娩料は9万3000円から15万、そして17万円に、患者負担が増えています。
利用者の負担をどんどん増やせば採算は改善するでしょうけど、それでいいのか。常勤職員数も人件費も削られ、非正規化も進められました。不安定な働き方が増えれば、医療サービスの質が確保できるのかも不安です。
- なるほど。
日本では民営化一辺倒が目立つけど、韓国のソウル市ではまったく違う試みがなされているとか。
- そうです。私は2014年と17年、ソウル視察に行きました。11年に当選した弁護士出身の朴元淳(パク・ウォンスン)市長は「労働尊重都市」「堂々と享受できる福祉」を掲げ、非正規職員の正規化や生活賃金条例(公契約条例)、アルバイト青年の権利保護などを進めました。
福祉も、当事者が来るのを待つのではなく、福祉担当の職員が看護師と一緒に必要な人のところに訪ねる方式(チャットン)に切り替え、福祉給付利用率(捕捉率)は2割から6割に高まりました。土木ではなく人に投資することでソウル市の都市競争力は高まり、債務は半減しています。
市政を転換に導いたのは強力な市民運動です。その中心、「参与連帯」は朴槿恵(パク・クネ)政権追及のロウソク集会も主導しました。昨年5月、韓国大統領が文在寅(ムン・ジェイン)氏にかわったことで、ソウル市の政策は国政にも採り入れられつつあります。
- 自己責任論や公務員叩きは韓国にはないの?
- もちろんあります。自己責任論や公務員叩きは、作られた分断ですが、その克服をめざす努力の結果、新しいソウル市政が誕生したのです。
今年の新年あいさつで朴市長は、「自己責任が声高に叫ばれる時代に終止符を打ち、共同体を回復させて社会的連帯と友情の時代を切り拓いてまいります」と宣言しています。
日本でも、労働条件切り下げ競争や生活保護バッシングのような“足のひっぱり合い”を止めたい。公務より民間の賃金が低いなら、民間を底上げしていくべきでしょう。
- なるほど~。
では最後に!都立病院独法化を止めるには、どうすればいい?
- 一般の都民はまだまだ問題を知りません。
「独法化で何がどうなるのか」を明らかにすることが、まず必要です。次に、個人の尊厳(憲法13条)、生存権(同25条)の保障、福祉の増進(地方自治法1条の2)という国や自治体のほんらいの役割を明確にすることです。
都立病院が独法化されれば職員の賃下げやリストラ、非正規化がなされるでしょうから、職員やその組合が雇用・労働条件を守るのは当然です。ただ、都民の応援がないと勝てません。独法化反対は、質の高い医療を低い負担で提供し続けるためのたたかい、都民のいのちと健康を守るたたかいです。広く都民が声を上げることで、都立病院を守る展望が拓かれます。都立病院で働く人たちは、そのためのメッセージを発してほしいと思います。
- 宇都宮弁護士、ありがとうございました!
独法化になれば経営効率や利益を追求するために院長の権限が強くなります。
「機動的な病院経営が可能」と言われていますが、患者さんのニーズよりトップダウンで「効率」と「利益最優先」を追い求めた結果、医療の崩壊をもたらした事例も。
2010年に独法化された神奈川県立病院では、現場を無視したトップダウンの人事のために県立がんセンターの重粒子線治療を担う放射線治療科の常勤医6人のうち 5人が次々に退職し、118億円をかけて導入された重粒子線治療が先進医療から外され、存続すら危ふ?まれる事態となっています。 このままでは118億円の先行投資が経営に大打撃を与えることは必至です。
このように収益性の高い診療科に重点的に投資しても民主的なプロセスを経なければ医療チームが崩壊してしまい、医療の質の低下どころか医療サービスの継続が危ぶまれる事態になってしまいます。また患者さんからのニーズがあっても収益性の低い診療科の医師は追い詰められる可能性があります。
A. 都民のための仕事をする予算を減らすためです
地方独立行政法人とは、それまで東京都が運営してきた病院を都から切りはなし、独立採算にしていくものです。都立病院は、災害や感染症への対応、周産期・障害者や高齢者、難病の対応などのために、お金もうけにならない分野の医療(「行政医療」と言われます)も提供し、このため都の予算から年間約400億円を負担して都民のための仕事を支えてきました(「繰り入れ」といいます)独立法人になれば、この予算は減らされ、都民のための仕事もできなくなっていくおそれがあります。
Q. 独立行政法人になると経営が効率化されてサービスアップにつながるのですか?
A. まったくそんなことはありません。
工場などでは、機械化で人手を減らせば効率化できるかも知れませんが、人の生命に関わる医療では、最新鋭の機械を入れても、医師・看護師・検査技師などの人手を減らすことはできません。むしろ人手を減らせば、医療に支障がでることになるでしょう。先行して独立法人化された健康長寿医療センターでも、都が直接運営していた時代に比べて、効率化がすすんだとは言えません。
Q. 都の運営する病院と地方独立行政法人の病院とはどこが違うのですか?
A. 地方独立行政法人になれば、独立採算と経営効率化を求められ、料金(健康保険制度外)の変更なども議会の審議なしに行われます。
そのため採算を重視しようとして料金値上げも起きた例がありますし、赤字が蓄積すると民間への売却や事業の廃止の可能性もあります。いつ起こるかわからない災害や新型インフルエンザなどの感染症に備えるには、人的にも充実した体制で、安定して医療を継続できなければなりません。地方独立行政法人は都立病院の経営形態としてはふさわしくありません。